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「こころ」の調査
2023/10/18「人々の集まり」を理解するために行われる調査研究とはどのような手続きで行われるのでしょうか。パーソナリティ心理学を例にその手続きの一部と解釈を紹介したいと思います。
パーソナリティ心理学の研究では多くの場合、「こころ」の語彙を行動の記述に還元した、多数の質問項目を使って調査を行います。この「こころ」の語彙には、いくつか挙げてみるだけでも、「自己愛」「誠実さ」「落ち込みやすさ」「怒りっぽさ」といった多様な「こころ」が含まれます。こうした「こころ」の語彙を行動の記述に還元するならば、例えば「誠実さ」であれば、「根気強く、与えられた課題が終わるまで取り組む」、「物事をきれいに揃えたりまとめたりする」といったような記述となります (Yoshino et al., 2022)。こうした記述に対して、「あなたにどの程度あてはまりますか。最も近いと思う数字を選んでください。1:全くあてはまらない – 5:とてもよくあてはまる」というような形式で回答を求めます。
調査の際には、たくさんの人たちにこうした質問項目に答えてもらい、一人ひとりから個別にデータを得て、回答を集計していくという手続きをとります。そして、集計された回答を統計的に分析することで「人々の集まり」の性質を理解することを目指します。つまり、こうした調査は、一人ひとりの個別の回答傾向を明らかにするために行われるのではなく、たくさんの人たちの回答を集めることで、集団の傾向として何らかの特徴が見られることを期待して行われるものです。
「誠実さ」と「X(例えば,飲酒量,運動量の多さ等)」についての「人々の集まり」の性質を明らかにするための調査を行ったとします。そして調査の結果、「誠実な人たちほどXである人たちであり、誠実でない人たちほどXでない人たちである」という集団の特徴が確認されたとしましょう。この時明らかになったことは集団の「こころ」の特徴です。「あなたが日々より誠実に振る舞うことで、よりXとなる」ことを表しているというわけではありません。また、集団の特徴であっても、「誠実な人たちに変化するほどXである人たちに変わる」こと、あるいは、「誠実でない人たちに変化するほどXでない人たちに変わる」ことをも明らかにした調査結果といえるのかどうかについては、じゅうぶんに吟味する必要があります。「誠実な人たちほどXである人たちであり、誠実でない人たちほどXでない人たちである」という結果に依拠して、いざ、「人々を誠実な人たちに変化させてみたら、Xでない人たちに変わってしまった」ということもありえます。
「こころ」について「一人ひとり」ではなく「人々の集まり」として考える機会はなかなかないかもしれません。しかし、社会の問題や公衆衛生上の問題の解決法を考える上では、こうした視点が解決のヒントを与えてくれるかもしれません。 -
分析結果を解釈する
2022/08/17私の専門であるパーソナリティ心理学では、主に行動の個人差を統計的に分析することで、「人々の集まり」の理解を目指します。行動の個人差を把握するためには、たとえば、たくさんの調査参加者の方々の行動を測定する必要があります。一人ひとりの調査参加者からデータを得るという手続きを経ることから、パーソナリティの個人差を扱った研究は、データの測定対象となった「特定の個人」への理解を志向する研究と思われがちです。しかし、実際には、こうした研究によって、「特定の個人」についての理解を深めることは困難です。パーソナリティ心理学が一つの学問の分野として確立する以前から、「人々の集まり」を理解することと「特定の個人」を理解することの方法論が異なることは繰り返し指摘されていました。
「人々の集まり」を理解するために行われた調査研究にもとづいて、仮に、「コーヒーをよく飲む人々ほど活発な人々である」という分析結果が提示されたとします。この分析結果は、集団の性質について言及したものとして理解することは可能ですが、特定の個人についての情報、つまり「コーヒーをよく飲む特定の人物が活発であるかどうか」についての情報を与えてくれません。
大学での学習・研究が進むと、医療に関する統計分析の結果を講義や論文で確認する機会がでてくるかと思います。統計分析の結果を確認するときには、まずは行われた調査や実験、統計的手法によって明らかにしうることは何かを確認するとよいでしょう。その上で、分析結果に対する可能な解釈はどのようなものであるのか、あるいは、どのような解釈は許容されないのかに注意して結果を読み解くことが学習・研究のヒントになるかもしれません。 -
パーソナリティと健康
2022/04/27はじめまして。私はパーソナリティ(性格)心理学を研究する心理学者です。現代のパーソナリティ心理学では、多くの人々のパーソナリティを測定し、その「個人差」を統計的に分析する研究方法が主に用いられます。
「パーソナリティの個人差」は教育、学習、政治、社会行動、環境、犯罪行動など様々な観点から研究されていますが、「健康」もその一つです。
多数の論文を集め、その研究結果を統合する「メタ分析」という手法によって得られた諸研究の知見は、「パーソナリティ」が長寿や健康習慣、身体的な病状、精神的健康といった人々の「健康」や「ウェルビーイング」の程度と幾分関連することを示しています。
こうした研究知見は、一人ひとりの健康に直接貢献するものではありませんが、地域全体の健康増進を考えるための1つの枠組みを提供するものと考えられています。パーソナリティ心理学の立場にたった「健康」の眺め方が、人々の健康について大学で学び、考える上での手がかりになりましたらと思っております。