教員からのメッセージ
合成化学
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「コスパ」と「タイパ」について
2023/09/27最近「コスパ」に加えて「タイパ」という言葉を頻繁に耳にするようになりました。cost performanceの略である「コスパ」は「かけた費用に対する効果」ですが、time performanceの略である「タイパ」は「かけた時間に対する効果」を表すそうですね(performanceを「パ」と略すこれらの言葉は個人的には好みではないのですが)。費用や時間に対して得られる効果は高いに越したことはないので、「コスパ」や「タイパ」を良くしよう、というのは自然な考え方だと思います。しかし、ここで問題になるのは、効果とは何かを判断するのが現時点での自分自身であり、必ずしもそれが正しい判断とは限らない、ということです。
なぜこのようなことを書くのかというと、最近、大学でこの考え方が拡大解釈されている場面によく行き当たるようになったからです。例えば、講義をしていると学生から以下のような要望を受けることがあります(しかも当然の権利として):「試験に出る問題を教えてほしい」「重要な箇所のみ教えてほしい」「答えだけ教えてほしい」。これも効率よく(最小限の勉強時間で)単位がほしい、という「タイパ」を重視した考え方であると思います。しかしながら、講義を受講することによって得られる「効果(目的)」は、本来、単位の取得ではなく内容を理解する力や自分でものごとを考える能力を養うことです。すなわち、試験問題の答えだけを教えてもらって丸暗記して試験後すぐに忘れてしまう、というのは、長い目で見れば講義に割いた時間をすべて無駄にするものであり、最も「タイパ」が悪い行為になるのではないでしょうか。
大学では、職能に直結しない、そのときには「コスパ」や「タイパ」が悪いと思われる勉強もすることになります。しかしながら、それらが本当に無駄だったのかどうかは、後になってみないと分かりません。一見「コスパ」や「タイパ」が悪いと思われることにこそ、大学で学ぶことの本質があるのかもしれません。 -
カルバニオンの“オモテ”と“ウラ”を区別する
2022/07/27今回は、私の行っている研究について紹介したいと思います。
有機化合物は「炭素原子」を骨格とする化合物ですが、「炭素原子」が4つの結合を形成できるため、多種多様な構造が存在します。炭素を中心に4つの結合が単結合として存在する場合正四面体構造となりますが、4つの原子団(a,b,c,d)がすべて異なると、その化合物(1)は、自身の鏡像体(鏡に映った化合物)(ent-1)と重なり合いません。このような化合物を「キラル」な化合物と言います。
医薬品を合成する場合、「キラル」な化合物(1とent-1)は生体によって識別されるため、この2つを作り分けることが重要になります。この時、片方の鏡像体として存在するアミノ酸などの誘導体(2)を原料として構造変換を行うというのが作り分けの手法の一つです。2のプロトン(H+)を塩基によって引き抜いて、マイナスの電荷をもつ炭素原子(カルバニオン)(3)を発生させ、プラスの電荷を持つ反応剤(d+)と反応させることができれば、原理的には片方の鏡像体1が得られます。しかし、ここで問題となるのは、塩基によるプロトン(H+)の引き抜きによってカルバニオンを発生させるためには、ケトン、エステル、ニトリルといったプロトンを抜けやすくする置換基が隣に存在しなければならないが、これらの置換基はカルバニオンの正四面体構造(3)を瞬時に平面構造(4)に変化させてしまうということです。こうなると、反応剤(d+)はオモテとウラから1:1の確率で反応し、生成する化合物は鏡像体の1:1の混合物になるため、このような手法で片方の鏡像体を作り分けることは不可能と考えられてきました。
しかし、われわれは、基質に工夫を施し反応条件を精密に制御した上で、プロトン(H+)を引き抜く「塩基」の種類等を変えることで、2つの鏡像体をほぼ完全に作り分ける(5 → 6 or ent-6)方法の開発に成功しました。
このような、これまで常識的には不可能と考えられていることを、いかにして可能にできるかを考えることは、研究の最大の魅力だと思います。 -
海外での学会発表
2021/07/28大学や大学院で研究をして成果が得られれば、学会発表や論文として公表することになります。学会発表については、私の場合、学部生時代は国内学会のみでしたが、大学院生になると海外で学会発表を行う機会も増え、それが楽しみの1つになりました。全米各地の大学による持ち回りで開催される、あるシンポジウムは、午前中は講演、午後は自由時間、夜(午後8時〜12時頃まで)はポスターセッション、という日程だったため、学会での発表や議論だけではなく、広大で美しいキャンパスを散策したり、研究室を訪ねたりなど、異文化に触れることができるのも大きな魅力でした。また、アメリカの食べ物は美味しくないとよく言われますが、レストランの料理に関して言えば、量が異常に多いだけではなく(余った時は持ち帰り可)、想像以上に美味しかったことが印象的です。またチップ制のためか、ウェイトレス、ウェイターが、非常にフレンドリーで感じが良いことも驚きでした。写真はシカゴで食べた「シカゴピザ」です。
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大学生活を思い返して
2021/02/03大学での過ごし方は人によって様々だと思います。私の場合、3年生の時に有機合成化学の研究室に配属されてからは、研究が生活の中心になりました。「こんな反応がおこるかもしれない」と考えて実験を行いますが、予想通りに反応が進行することも、予想外の反応がおこることもあります。どちらにしてもその結果の解析を基に次に行うことを決めます。この繰り返しで1日が過ぎていきます。ちなみに、コアタイム(研究室に在室しなければならない時間ではなく実験に専念すべき時間)は、9時から21時の12時間でしたが、これは特殊な例ではなく理系の実験系学部としては標準的なものです。そして土曜日にはその週の実験報告会や勉強会があり、日曜はそれらの準備や実験報告書、最新論文の抄録の作成などがあるので、課外活動やアルバイトなどの「キャンパスライフ」とは無縁でした。この話をすると、可哀想と言われることも多いのですが、実験結果が出るまでの期待感や結果を解析していく際の高揚感は何事にも代えがたい貴重なものだと思います。楽しいと思えることに没頭できるのは良いですね。
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学問と出会い
2020/10/21私は薬学部出身で薬剤師免許も持っていますが、これまでに、「薬」に直接関わる職に就いたことはありません。大学1〜2年の頃は漠然と薬剤師になるのかな、と思っていましたが、3年生の半ばに有機合成化学の研究室に配属されてからはその面白さのとりこになり、大学院(修士、博士)を経て、それがそのまま仕事になっていました(図に示したような新しい反応を開発することを目的に研究を行ってきました。この反応では、一回の反応で一挙に五員環が得られます)。高校生の時には化学が特に好きなわけではなく、有機化学はどちらかといえば嫌いでしたが、研究室に入って、その考えは180度変わりました。良い師に出会えるかどうかも、その学問に対する印象を大きく左右するものだと思います。
薬学部に入った時は、自分が将来、有機化学の研究者となり、マサチューセッツ工科大学化学科(MIT)に留学したりするとは、夢にも思いませんでした。思ったより面白い人生になっていると、今のところ考えています。 -
大学で学ぶ醍醐味
2020/08/191年次の化学の講義と自然科学実験(化学)を担当する予定です。専門は有機化学で、新しい反応の開発を目指して研究を行っています(写真)。大学で学ぶ醍醐味の一つは、専門科目以外の多様な教養教育科目を習得することにより、視野を広げられる点だと思います。高校までの化学は時間的な制約があるため、その楽しさを味わう余裕があまりなく、暗記科目としてのイメージが強いかもしれません。しかし本来は、身近な現象についての素朴な疑問に対して論理的な答えを出してくれる、とても魅力的な学問です。科学的なものの見方を身に着けることで世界が変わって見える、という体験を味わってもらえるような講義をしたいと思っています。